2010/3/20 土曜日

米国医療改革よもやま話3:今週末に下院で投票の見通し(+随時修正)

「ソーセージと法律の作り方に無知であるほど、人は安眠できる」と言ったのはドイツの鉄血宰相ビスマルクでしたが、前回のポストから1カ月半あまりの間に、米国のヘルスケア改革法案の周りではソーセージが大騒動の中で製造され、今週末に下院で再び採決が行われる見通しのようです。第2次大戦末期の日本陸軍と同様、民主党議会主戦派にはこのまま退くというオプションはあり得なかったようです。

前回書いた通り、民主党の主戦派はReconciliation(調整)のオプションを使う見込みですが、中間選挙を前にして、時間の制約や揺らいでいる民主党議員をまとめるために、下院での通常の採決と上院でのReconciliation、そして議会内の規則を組み合わせてショートカットでの強行突破となりそうです(ペロシ女史は「時間が最悪の敵」と明確に言っています)。

まず、手続き上のベースはすでに上院で通過している法案です。当然のことながら下院民主党は「ノー」なので、上院の法案とそれに対する修正の2つの法案を下院で通し、その後、上院で議事妨害のできないReconciliationの手続きを使って、修正分のパッケージを通すというシーケンスのようです。教科書的には

1. 下院が上院法案を可決。-> 大統領の署名可能な法律

2. 下院が修正法案を可決。-> 上院に送ってそこで調整手続きで採決

———————(以下の部分に関する修正をその下に追加)

なんですが、下院民主党はどうもやはり1.が絶対イヤなので(ここらへん、ほとんど理解不能です。部外者には下院の法案と上院の法案の内容にはほとんど差がないように見えます)、結局

0. 議会規則で、修正法案が通ったら、元の法案(上院法案)も通ったことにする。

1. 下院で修正法案を可決(0にしたがって、元の法案も通ったことになる) -> 元の法案に大統領が署名可能 + 修正パッケージを上院で調整手続にかける

これで、下院の民主党議員はイヤな上院法案に賛成することなく上院の法案を通すことができ、自分たちの好きな部分を修正法案で通して、それを上院にReconciliationで通すように押し付けて自分たちの責任は果たせるというわけです。おまけに、メインの法案自体には投票しなくて済むので、中間選挙時に「お前ヘルスケア法案に賛成したやろ」と問い詰められることもないというわけです。めでたしめでたし。

このアプローチの問題は、下院が賛成するのが、上院で通過した法案とは実質的に違うものであるということで、最終的な形の法案(元の法案+修正分)は厳密には上下院いずれでも正式に投票されていないということですが、弁護士の多い民主党主導部が編み出したのでまあ良いのでしょう(違憲という見解もあるようですが)。

さて、このアプローチのもう1つの利点は、前回のポストで書いたような上院での調整法案をめぐるゴタゴタも抑えることができることです。もともと上院法案には最終的な内容のほとんどが含まれており、下院で上院法案が通った(ことになった)時点で、上院で共和党が調整分だけを阻止するインセンティブはほとんどなくなります。阻止したところですでに内容のほとんどは通過してるわけですから。というわけで、法案成立の可能性はかなり高くなったと言えます。

——————–

<日曜日追記> 最新の情報では、上の部分のいわゆる「Deem & Pass」の戦略は放棄されたようです。規則委員会が大もめだったので戦略変更したとか(実際大変な騒ぎであったようです)、ペロシ女史が完全に票を読み切って、上院法案への賛成票を確保し終わったからだとかいろいろ言われていますが、いずれにせよ、かなりガタガタしていることは間違いなさそうです。

下院各議員から公表されている投票の意向での票読みでは下院の採決はぎりぎりのように見えますが、ペロシ女史は乗り切れると踏んでいるようです(踏んでいなくても、賛成票を集めているこの時点で弱気の発言はあり得ないですが)。もちろん、内部でソーセージを製造している親方には表に見えていないものが見えているのでしょう。あるいは、これだけ暴れとけば、万一通らなかった場合でも言い訳が立つということもあるかもしれません。

というわけで、やはりペロシ番長おそるべしです。ペロシ女史はマサチューセッツ州戦敗北後にはすでに今回の議会の戦略とほぼ同じアイデアを出していましたから、大統領が右往左往していたのとは違ってまさしく現代の鉄血宰相です。

さて今回の法案は内容を作ったのも、議会をここまで押し切った原動力もペロシ女史を中心とした下院民主党主導部であり、オバマ大統領は広報担当者として「賛成するのが常識よ~」とか「反対するのは共和党のバカだけよ~」とか言っていただけという感じなので、これは「オバマケア」ではなく「ペロシケア」と呼ぶべきではないかと思いますです。はい。

(ちなみに法案の内容自体は感心できませんが、外人ですのでまあどーとゆーこともありません。アメリカのみなさんにはグッドラックとしか申し上げようがありません)

2010/2/5 金曜日

米国医療改革よもやま話2:医療改革法案は死んだのか?

このブログで米国医療改革のハナシがシリーズになる時間もなく、ヘルスケア改革法案はマサチューセッツ州上院議員選の民主党敗戦以降瀕死の状態にあるようです。というわけで、オワリになる前にせめて第2弾だけでも・・・

マサチューセッツの敗北で何が変わるかというと、民主党の議席数が上院での議事妨害を止めることに必要な60議席を割ることになり、野党の協力がなければ上院の強行突破が不可能になるということです。

で、法案の現状だけおさらいしておくと、ヘルスケア改革法案は、下院と上院でわずかに違うバージョンがすでに通過しており、あとはこの2つの差を何とかして埋めて1つにして両院を通過させるだけ、という状態でした。山で言えば9合目ですが、この差を埋めるのに上下両院の民主党間で内ゲバやってるあいだにマサチューセッツで負けて、上院の扉が閉じてしまったというところです。

それでも、法案を通す方法はいくつかありました(というかまだあります)。

1. 電撃戦:要するに、当選した共和党のブラウン氏の認証が済む以前に、両院民主党が交渉して差を埋めた法案を可決する。という強硬手段です。

2. 下院民主党が妥協:上院ですでに通過している法案を何の修正もなく下院で可決する(下院では民主党が圧倒的多数)。上院での再可決の必要がないので、上院版が法律になります。

3. 調整法案を両院で可決:「Reconciliation」と呼ばれるもので、両院の法案の差を埋める新たな調整法案を両院の委員会、本会議を通過させるというものです。この場合は上院では51票だけが必要であり、本会議の議事の時間も20時間に限定される(議事妨害による時間切れ戦術が不可能)代わりに、元の議案からの変更の範囲にはかなり強い制限が課され、成立しても有効期間5年間の時限法となります。

状況

1. 電撃戦はオバマ大統領が否定しました。今まで両院民主党の交渉が成功していないのに、すぐにまとまるはずがありませんし、選挙で選ばれた議員を無視して「こけた」場合の政権へのダメージも甚大です。まあ、いずれにしても、これはもうすでに間に合いませんが。

2. 下院民主党の妥協に関してはペロシ氏が否定しました。上院版は下院の「左派」にとってはのめないというワケでしょう。

3. Reconciliationに関しては、審議時間には限定があっても修正議案の数には限定がないため、共和党は民主党の結束が難しい点をついて多数の修正案を繰り出すでしょう。また、調整法案には「バード規則」が適用されるため、予算に直接影響するアイテムしか盛り込むことができません。長期的に財政赤字を増加させるような調整にはやはり60票が必要になります。この範囲で両院民主党が納得できる調整法案を作ることができるなら、もともと苦労してないというハナシもあります。

一番の問題は、法案に世論の支持がないように見えるということです。今年は中間選挙を控えて民主党議員はソワソワしてますから、世論の支持が低い法案のごり押しは不可能ではないにせよ難しいのは間違いありません。しかし、個人的には現在の法案は支持できないまでも、ここまで来てやめるのか、という気はいたします。失業やら景気をほぼ放ったらかして、1年間左と右で泥試合をした結果がこれではフツーなら指導層は全員クビではないでしょうか。

上のオプション2であれば、(下院民主党を説得できれば)今でも通過させることができますから「ヘルスケア命」のヒラリーならば、後先気にせず平気でごり押ししたかもしれません。本当にオバマが「重要課題で正しいこと」と口先と同様にアタマでも確信しているのならばこの線で押すべきであろうと思いますが、この人にはどうも「信念」というものはないようです。そこが良いのかもしれませんが。

今後

現在まで、ペロシ女史などの「主戦派」は3.のオプションで押すことを考えていたようですが、民主党議員が揺らいでいる状況では51票の確保も危ういですし、上で書いた困難な問題や雇用関連の法案の議事を考えると2月の休会までに今会期にねじこむのは難しそうです。

オバマ大統領の方は、急がずに両党で議論を延長して、合意できるところは合意して新法案のコアを作れば良いと言ったと伝えられています。相変わらず言ってることは妥当で「さすが」とか言いそうになるんですが、よーく考えると、最初からそうしておけば良いところをペロシに全部お任せして今の状況を招いたのはご本人です。

というわけで、相変わらずリーダーシップには期待できそうにはないということで、当分盛り下がりながらも議論は春になってもダラダラ続くかもしれないというのが現時点のシニカルな見方です。最終的にはおそらくかなり小規模に縮小された法案が通るのではないでしょうか(これは必ずしも米国にとってはマイナスではなく、結果的にはプラスではないかと思いますが)。

2009/9/19 土曜日

米国医療改革よもやま話1:米国の無保険者は(本当は)何人なのか?

どうも、米国のマスコミでは大騒ぎになっているわりに、カンケーない人にはほとんどワケの分からんのが米国のヘルスケア改革ではないでしょうか。ただ医薬品/医療関係機器にとっては極めて重要な市場であり、これらの将来にも大きい影響を与える可能性があるので、つれづれシリーズとして(シリーズになるかどうかも分かりませんが)ちょっと書いてみます。

個人的には、医療改革は必要であると思っていますが(そういう意味では賛成派かもしれませんが)、今のオバマ政権での改革案には賛成でも反対でもありません。重要な点において相矛盾し、中身もかなり違う提案が数え方にもよりますが3つも4つも乱立して並行して議論されており、今の状態で(何に賛成/反対してるのかも分からずに)賛成とか反対とか言い切れるのは、かなり政治的にバイアスがある人達ではないかと思います(ただし、現状では70%以上の確率である程度の規模の改革法案が通過すると思っています)。こうなったのにはホワイトハウスの進め方に問題がありますが、それはまたいつか。

医療改革からみで最近話題になっていたのに、米国の無保険者は何人か、というのがあります。米国では低所得者用のメディケイド(これは対象サービスが広く、しかもほぼタダという面で気前がメチャクチャ良いです)、高齢者用のそれほど気前の良くないメディケア、子供向けのS-CHIP、そして民間各社の保険がメインですが(後は、退役軍人用とか、マイナーなのもありますが)、そのどの保険にも入れない(あるいは入っていない)人は一体どれだけいるのかという話です。

オバマ大統領は7月、8月の演説では4600-4700万人に健康保険がないと言っていましたが、この数字は9月9日の演説では3000万人となっています。1カ月で医療改革の対象者の数が1700万人も変わるというあたりに今の議論の状況が伺えますが、一体どうなってんでしょうか。

まず4600万人というのはセンサス(PDF)をベースにした4570万人を丸めた数字のようですが、この内訳をカウントしてみると、

  1. 実際は保険加入者 640万人:これは要するに統計の誤りで、MedicaidやS-Chipに入っているにもかかわらず、調査員に誤った回答をした人数で、一般に「Medicaid Undercount」と呼ばれています。この数字に関してはKaiser Commision(PDF)で推定されています。この人々は被保険者です。
  2. MedicaidやS-CHIPに加入する資格があるにもかかわらず加入していない人 430万人:これらの人は病気になったら通常は病院で加入させてもらえますから基本的に無保険のリスクはありません。(同上)
  3. 外国人:930万人。外国人でも会社勤めの人々は会社で保険に入っているのがほとんどですから、これらは不法入国、あるいは自営業で保険に入っていない人と言うことになります。これらのうちどれだけを公的保険でカバーするべきかに関しては議論の分かれるところです。

さて、これで「保険に入っていない米国人」は2570万人ということになります(大統領の3000万人はこの時点で?となります。ある程度の外国人を含んでいるのかもしれませんが、単に「丸めた」のかもしれません)。

この2600万人中、1010万人は貧困ラインの3倍以上の収入があります。これは米国基準では4人家族で年収6万6000ドル、単身で3万2000ドルの年収があることを意味していますが、これは十二分に健康保険の保険料を支払える収入ですから、「保険に入れない」のではなく「保険料がもったいないから入らない」という層です(個人で加入の健康保険の月あたり保険料は平均で月159ドル、家族では369ドルです。これは平均ですから、安物であればもっと安いことになります)。

これらの人は、「自分で入るのはもったいないが、高収入者に増税して自分たちに回るのであればそれもオッケー」という層であると思いますが、病気になってもERで追い返されるということはないですし、ERで治療を受けて踏み倒す人も多いですから、重病でない限り本当のリスクはERでの待ち時間ということになります。

したがって、本当に「保険に入れない」、すなわち、メディケイドに入れるほど貧しくもないが、保険料を払うのは苦しかろう、と言える米国人は約1560万人ということになります。これでも多いですが、4600万や3000万人とは比較になりません。医療改革賛成派も反対派も言葉や統計のインフレが極めて激しく、それで議論がねじくれ曲がっている点も多いという点はアタマにおいておく必要があると思われます。

つまり、「皆保険」あるいはそれに近い状況を達成するには、多くの民主党議員が騒ぐほど「大袈裟な」仕掛けは必要ではない可能性があり、また、共和党員が騒ぐほど「高価」ではない改革が可能かもしれないということです。

2009/9/14 月曜日

したたかネタンヤフと米政権の「大人の関係」?

米国のミッチェル中東特使の今週のイスラエル入りを前に、イスラエルのネタンヤフ政権はヨルダン川西岸の入植地での新規住宅建設を許可しましたが、最近の展開からは色々なことが見えるような気がします。

ネタンヤフに対する与党リクード内の右翼からの突き上げは最近激化しており、ミッチェル中東特使訪問とともに水曜日には大掛かりな入植地拡大の気勢を上げる構えでした。これに、ベニー・ベギン(メナヘム・ベギンの息子)などのリクードの有力者が呼応するようなことがあれば、ネタンヤフの威信は大いに揺らいでいたことでしょう。

住宅建設の許可の発表は週の後半、週末のためのニュースのタイミングにすっと入り込み、右翼の動きに対する効果的なカウンター・パンチになりました。おそらく以前から、この切り札を出すタイミングを測っていたと思われますが、抜け目のないおっさんです。

また、それ以上にしたたかなのが、住宅建設の許可の付け足しに、この許可の後に「平和交渉のための新規建設の6カ月間の一時停止」を加えている点です。これには明らかに、米政権との「お互いの顔を潰さない」ための暗黙の合意があったと思われます。

新規住宅建設の発表には米国も非難を加えていますが、米国が新規建設を本当に止める気であるならば、極めて強力な圧力を加える手段がいくらでもあるわけですから、これは形ばかりのものと見て差し支えないでしょう(たとえは悪いですが、中国が北朝鮮を非難するようなもんです)。

オバマの顔を大っぴらには潰さずに、同時に実質的には入植地での新規建設ペースをまったく緩めず、右翼の支持だけでなく、この「和平のための一時停止」で和平交渉派の中道左派の一部の支持も取り付けて政権基盤を強化するという「1粒で何度も美味しい」戦術的勝利の演出はなかなか大したものだと言えます。これだけ「最大限の」努力をしたんだから、次はパレスチナとアラブ諸国側が努力する番だとボールを押しつける算段でしょう。

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米国とイスラエルが裏で適当に妥協点を探って「後はパレスチナが妥協する番だ」というのは、何のことはない、今まで何度も繰り返されてきた(そして失敗した)構図なんで少し鼻白みますが、今回は西岸地区でパレスチナ自治政府のファイヤード首相がイスラエルとの交渉や合意に依存しないパレスチナ人による国家の樹立を目標としており、こちらが本当の意味での新しい動きかもしれません。

ちなみに、ファイヤード首相はテキサス大学で経済学博士を取得して、セントルイス連銀や、IMFで働いていたこともある経済学者で、今まで欧米での「声」となる人物に欠けていたパレスチナにとっては極めて重要な人物です。同氏の政府が掌握する西岸地区での経済成長率は今年5%に達すると見られています。

ただ、ファイヤード氏は、ハマースとの折り合いが最悪で(当たり前ですが)、おまけに米国はイスラエルとの和平交渉をバイパスするようなパレスチナ人による一方的な国家樹立は絶対に認めておらず、そしてハマース抜きでの和平交渉など(ハマース入りでの和平と同じくらいに)困難な話ですから、今回も何かあまり期待できないような気はいたします。

2009/8/31 月曜日

民主党大勝とな・・・

民主党が大勝となったようですね。一市井の人間として鳩山さんにいくつかお願い。

  1. 「市場原理主義が云々」などという戯言をやめてください。市場が万能なんて思っている人は現実上ほとんどいません。日本の問題は「市場原理主義」ではなく「規制・行政万能主義」です。子供にお金ばらまくより、子育てに関する良質のサービスが競争的な価格で提供される市場が存在する方が重要です。
  2. 弱者に対するセーフティネットの欠如や機会不均等は悪ですが、格差自体は悪ではありません。所得の過剰な再配分や、特定の産業の保護で成長のインセンティブを歪めるのは「反成長政策」ですので慎重にお願いします。
  3. 情緒的な「アジア主義」という戦前の日本と同じ過ちを避けて下さい。アジアはグローバリゼーションから最も恩恵を受けている地域であり、「グローバリゼーションには反対だけどアジア重視」とは何を意味しているのかまったく不明です。「アジア通貨」などよりも、日本の市場開放の方がよほど役に立ちます。
  4. チャベス大統領が言うようなことを、NYタイムズなどの大新聞に載せないでください。喧嘩を売っても誰の得にもなりません。

文句ばかり書きましたが、 官僚機構への英国式の規律の導入や、政治主導のトップダウンで政策実施を行うシステムの確立には賛成です。建前だけでなく、実のある改革を望みます。 安倍さんや福田さんのように途中で投げ出さずに頑張ってください。