2010/5/11 火曜日

ブリュッセルの馬鹿でかいEUのBerlaymontビルディングの横に、少し小さいですがこれまたヘンテコな形のビルがあります。これは1971年から1995年までは欧州連合理事会(Consilium)が入って大欧州建設の司令塔となり、現在は欧州連盟拡大を指揮する部門などが入っている、その名も「シャルルマーニュ・ビル」です。
「名は体を表す」という言葉がありますが、これもまさしくそのままです。例えば日本の役所の建物に「明治大帝館」とかいう名前をつけるようなセンスです。シャルルマーニュは、ご存知の通り西ローマ帝国再興の祖として西暦800年にローマ法王から戴冠したフランク国王です。
統一大欧州の建設ということでは、シャルルマーニュの帝国の崩壊後もモチーフは色々なところで浮かんでは消えています。ナポレオンと同じく欧州の武力制覇を目指したヒトラーも「欧州みたいに窮屈な場所で異なる法制や法の概念を長期にわたって維持できると考えるのはアホや」などと言っています(ちなみにヒトラーのフランス配備の武装親衛隊の呼称も「シャルルマーニュ軍団」でした)。
第2次大戦において欧州は荒廃し、戦争終結には米国とロシアという「成り上がり」の力を借りねばならず、しかもその結果西欧と東欧に引き裂かれるという事態に至りました。ここで「平和で強力な欧州」を達成する手段として戦争ではなく政治による大欧州統一が大陸政治家の現実的な目標となったわけです。ジスカール・デスタンは欧州連合を「欧州の夢。欧州の歴史と地理がついに和解する、平和で障壁や障害のない大陸」とか述べています(しかし、年とってもこーゆー甘いせりふを恥ずかしげもなく言えるのはおフランスのエリートの特権でせうか)。
統一通貨体制に関しては、急激な為替変動を抑制するメカニズムとか、市場の透明性の向上や景気サイクルの収斂など、その時々で受けの良い経済合理性のリクツをつけて進められてきましたが、欧州統一推進派には、第一に統合大欧州ありき、そしてその論理的帰結として(ローマ帝国におけるデナリウスのように)「統合大欧州」域内に流通する統一通貨ありきという歴史的認識(というよりはファンタジー)が基調として存在するというのは重要な点です(元ドイツ連銀/ECB理事会のOtmar Issing先生のこのペーパーなんか見るとアタマの中がよく分かります)。
この間から、ギリシャなど欧州周縁諸国の債務懸念でユーロは揺らいでおり、(他人事の)英国のプレスなどではギリシャの切り離し論を主張する向きもあります(ギリシャには破滅的でしょうが、経済的には至極まっとうな主張です)。しかし、ユーロ圏にはそもそもそのバックボーンとしての欧州統一の政治的目標がかかっており、いくら経済的合理性があっても分裂・縮小の可能性はかなり低いのではないかと思われます(もともと現在の法規では困難ですし、領土拡大の方向性は帝国の基本的な性質の1つです)。
財政の主権が各国にあるまま、通貨・金融だけを統一する無謀さはクルーグマン先生に言われるまでもなく欧州もはなから承知しており、1998年にはボン大のマンフレッド・ノイマン先生を筆頭にドイツを代表する155人の経済学者が通貨統合の延期を求める「連判記事」を英Financial Timesと独Frankfurter Allgemeine Zeitungに掲載するという前代未聞の挙に出ています。これは、もちろんあっさりと無視されましたが、欧州統合にとっては、経済合理性は重要ではあっても基本的に二次的なものであるということを示す例ではないかと思います。
今回のユーロ安定策も市場では「時間稼ぎにすぎない」との評価が多く見られますが、そもそも統一推進派からすれば、まだ見ぬ「真のローマ条約」による節目まではすべてが経過的な措置にすぎないとも言えます。加盟国のおサイフに無理矢理手を突っ込むだけでなく、IMF経由でユーロ圏外のお金も巻き上げるなら、帝国ごっこもええかげんにせえ、という声も域内外で高まるでしょうが、ブリュッセルとおフランスは常設の欧州通貨基金の設立を盛んにロビイングしてるそうですから懲りん人達です。欧州憲法が否決されようが、リスボン条約で揉めようがへっちゃらな関東軍、もといLa Vieille Gardeですからギリシャごときで退却する面々ではないのでしょう。
というわけで、ユーロ圏の「領土一体性」は当面安泰ではないでしょうか。もちろんこれは強いユーロを意味しておらず、むしろまったくその逆です。カネの面での中枢のドイツ政権はギリシャ支援をめぐって弱体化しており、今後中道右派連立から左派が加わる構成に移行し財政規律が緩む方向に動く可能性があります。ECBのトリシェ総裁は先週末のEUの財務首脳会議に入った際に、国債の買取がECB総裁 への命令であるかのように議論されているのを聞いて激怒したと伝えられていますが、これもドイツ連銀であればあり得ない話でしょう。この通貨がマルクのようなカリスマを帯びるとは思えません。まあ、安い通貨も良いもんですが(ただ、欧州悲観派の方々は欧州経済自体の力を過小評価しすぎのように感じますが)。
というわけでユーロは大欧州を守るために泥舟化していくのでしょうが、それはそれで望んでやっておられることなんで、今後も同じような問題を時々起こしながら大欧州とユーロは夢の王国を目指して漂流するんじゃないでしょうか。めでたしめでたし。
2009/6/22 月曜日
イランの選挙(後)報道はますますヒステリー状態で、偏向の度合いも極めて激しくなっているように思えます。全然アフマディネジャドには好意的ではない私が、この件に関する話では、なぜか逆の立場に立たされていたりして苦笑せざるを得ません。
米国では報道されるデモの光景も反対派のものばかりで、政権支持派のデモはほとんど無視されています。あまりイランの現政権には好意的ではない米国在住のイラン人の知り合いにも「これはイランを攻撃しやすくするための大規模なプロパガンダではないか」と心配している向きがいます。一つ例を出すと、以下は見て分かるようにアフマディネジャド支持の集会ですが、

同日の集会が、BBCニュースでは以下のようになり、

ご丁寧にも「ムサビ支持者(反対派)は再び抗議の禁止を無視した」というキャプションが写真に付いています。この例では、BBCは読者からの指摘を受けて、「不注意でした」との「お詫び」を掲載していますが、一体どんな「不注意」なんでしょうか? BBCでこれですから、この他にも指摘を受けないまま「正しい」ものとして流されている情報が山のようにあると思われます(BBC支局長には当局から退去命令が出たようですが、これでまた大騒ぎになるんでしょうねぇ)。
昔CIAにモサデクを倒された経験を持つイラン人が陰謀を疑うのも無理はないような気もしますが、このようなことがなぜ起こるのでしょうか。
1. 欧米のメディアの中東拠点が、コスト削減で無くなったり弱体化している。おそらくテヘランにいる記者の多数は「サラーム」程度のペルシア語しかできないんじゃないでしょうか。もともと改革派の多い大都市のテヘランで、英語での取材をすればニュースの結果は見えているような気がします(しかし、イラン人の反対派が英語のプラカード持って一体誰にデモしてるんでしょうねぇ)。
2.「民主主義バイアス」:「非民主的な政権と、それへの反対派だったら、反対派が正しいに決まっている」。底流には「選挙は民主主義的なもので、反民主主義的な奴が選ばれるはずがない」という欧米人の「信念」みたいなものがあるような気がします。例えばパレスチナに関しても、多くの米国人が「脅しなどのないフェアな選挙ならハマスが勝つわけがない」なんて言ってます。
3. 「売れる記事へのプレッシャー」:国中に2みたいなバイアスのあるところで、「いやー、アメリカ人が思ってるよりアフマディネジャドへの支持は強いみたいよ」なんて言ったら石でも投げられて、悪くしたらクビになりかねません。ニュースもショーバイですから、消費者の嗜好に合わせる必要があるのでしょう。
しかし、こういうことで外交にも影響を与える世論が形成されるとしたら少しばかりおそろしいことです。
アメリカや日本にいると良く分かりませんが、アフマディネジャドというのは「(欧米人から見て)無知で貧しい」大衆に相当の人気があります。インドネシアにアフマディネジャドが訪問した際にも、外国首脳の訪問とは思えないような熱狂的な歓迎ぶりで、大変な大騒ぎだったようです。
ムサビでもアフマディネジャドでも核開発は進んでいるでしょうから、いずれにせよ制裁強化やイスラエル/米国による攻撃の可能性はあるわけですが、これで確かに世論的には攻撃はしやすくなったかもしれません。キッシンジャーなどもテレビで外からの圧力による体制転覆を説いています(懲りない人達です)。
(ついでに言うと、いろいろ話題になっているTwitterでのイラン情勢に関するTweetに関しては、その出所を追跡するとかなり面白いことが分かるのではないかと思います)
(追記:ところで私は人間の自由を奉じているので、イランの現政権は全然支持しておりません。そこらへん誤解なきようお願いします・・・)
2009/6/17 水曜日

英中銀のMPC(政策委)で、ベスリー先生のかわりにポーゼン先生が委員になられるそーです(左がポーゼン先生、右がベスリー先生です)。LSEのベスリー先生は以前American Economic Reviewの共同編集長をしてましたし、今度はポーゼン先生が英中銀の委員と、相変わらず人の流れはダイナミックですねぇ。
ベスリー先生はいわゆるタカ派ですが、単なるタカ派ではなく公共選択などにも造詣の深い「確信犯」的な過剰介入懐疑派なので、イケイケ(?)のポーゼン先生との入れ替えはこれも時流かしらん、という気もしないではないです。
ところで、ポーゼン先生は現在は大規模な公共支出を主張されておられますが、1990年代の日本に対しては(公共支出ではなく)恒久減税と積極的な金融政策の組み合わせを提言されていたような・・・
公共事業支出よりも恒久減税が好ましい理由はいくつかある。第1に直接税の引き下げにより、経済におけるプライシングの歪みが軽減され、経済の効率性が改善する。一方で、特定の対象に対する公共工事プロジェクトでは、市場では行われないセクターやプロジェクトへの支援が行われることにより歪みが増大する。・・・・減税は表向きの額よりも大きい便益を生み、公共支出による便益は表向きの額を下回る。・・・一般的に、資源を公共セクターから民間セクターに移動させることにより経済パフォーマンスは改善する・・・
第2に、恒久減税により、将来数年における公共セクターの支出が削減される可能性がある。・・・政府支出の削減に依拠する財政再建の方が、増税による財政再建より成功する可能性が高いことが最近では明らかにされている。
えーと、これは先生の「Restoring Japan’s economic growth」からの一節ですが、この後も延々と恒久減税が財政支出に勝る理由が述べられています。
まぁ、先生がこれを書かれた時の日本と今の米国の状況は違うと言えばそれまでなんですが、ベスリー先生ならば、こういう政策処方の変化が起こる構造こそ、「政府の失敗」が起こる構造だと言われるかもしれませんねぇ。
2008/10/28 火曜日
EU-15の会議にユーロとは「よそ者」のブラウンを引っ張り込んで救済策をまとめたと思ったら、どう見ても不可能なEUの「経済政府」構想をぶちあげたり、G8議長国の日本なんか完全に無視して金融危機サミットの開催をブッシュに押し付けたり、相変わらずのサルコジさんですが、この超はた迷惑なおじさんに興味のある人にはなかなか面白いのがフランスの劇作家/脚本家のYasmina Reza女史が書いたL’aube le soir ou la nuit(英題:Dawn, Dusk or Night
)です。
これは大統領を目指していた時のサルコジを描いた本ですが、別に政治ドキュメンタリーでもなく、当時のフランスの政治状況や背景に対する説明もなく、大統領の座を目指すとんでもない1人のおっさんの色々な情景を大した脈絡もなくモンタージュ的に組み合わせた本で、何となくフランス映画の脚本のようです。
Yasmina Reza女史はこの本を書くために、サルコジの選挙会議や、個人的な会合、他国の元首との会議にまでアクセスを認められたそうです。
フランスのレバノン大使を「阿呆」と罵り、「あいつに電話をしてそう伝えろ」と叫ぶシーン。選挙戦で「サルコを大統領に」というプラカードを持った群衆を見て、後ろの選挙スタッフを振り返り「この阿呆どもにこんなものを持たせて叫ばせたのはどいつだ?どいつもこいつも何にも分かってない!あぁ神よ!神よ!全くどうしようもない。俺1人きりでやってるほうがよっぽどマシだ」と嘆くシーンや、選挙戦の勝利が近づいてきて「俺はパリの宮殿、ランブイエの城、ブレガンソンの砦を手に入れるぞ!これが人生だ」と語るシーンなど、この本が映画的だと思えるのは、やはりサルコジの存在が「映画的」であるということも1つの理由です。
あるシーンでサルコジは「過去なんて俺には関係ない。俺に興味のあるのは今日の午後、そして明日だけだ」と言っていますが(現在にすら興味がないようです)、本を通じて浮き出るイメージは、自分でも何か分からないものを狂おしいほどに追い求め続ける、特異で孤独な人物の姿です。大統領になり、エリゼ宮の主になったサルコジは「満足だ」と言いながら「しかし、楽しくはない」と続けています。連番が決まっているEU大統領職の期間を延ばそうと画策して失敗したというウワサが最近流れていますが、十分ありそうなことです。
筆者はインタビューで「彼は悲劇的な性格で、自己破壊願望のある人物だと思う。選挙戦中は分からなかったけど、今では彼は自己破壊の強い能力を持っていると確信している」と述べています。しかし、遠くで見てると面白いですが、こんなおっさんと仕事するはめになったら日本人のほとんどは心身症になるんじゃないでしょうか。
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2008/10/14 火曜日


先週は株式の下げのスピードと同様にポールソン長官の突進も大したものでした(もし、ブッシュ + スノーのコンビだったらどうなっていたかと思うと背筋に冷たいものが走ります)。しかし、その後EU-15の「あっち向いてほい集団」が週末から月曜にかけてどたばたながら一応の体裁を整えてきたのも快挙ではないでしょうか。
欧州の総額1.7兆ユーロ(約2.3兆ドル)のプランは一応一足先に銀行に資本注入を発表した英国のプランを下敷きにしたものですが、サルコジ、ブラウン、メルケルといった役者がそろっていなければ、これはなかなか難しかったでしょう。実際にはつっこみどころが多そうなプランですが、それでもブレークスルーには違いありません。
月曜の暗い時間からスピーチを見ていたのですが、まずブラウン首相のスピーチはまるでバトル・オブ・ブリテンに向かうチャーチル風の時代がかったもので、まさしくブラウンが今度の事態を「戦争」と同様に捉えているということが強調されていました。
国内ではライバルの保守党に世論調査で2桁の差を付けられ、身内の労働党内からも「反逆者」が続出するなど、主要国首脳の中でもこれだけサンドバック状態の人も珍しいですが、それにも関わらずめちゃくちゃタフで粘り強いおっさんです。少なくとも以前のノーザンロックの時にへっぴり腰でイングランド銀行に厄介ごとを押し付けようとしていた人物とは全く別人です。
「私が訪れた市や町では、静かで、断固たるイギリス魂(British Spirit)を見てきました。この世界的な金融危機は米国で始まったものかもしれませんが、英国がこの危機から脱出する道をリードします」
大きく出たものですが、相手が金融危機であれ、保守党であれ、身内の反逆者であれ、総選挙までは絶対に戦い抜くという肚を決めていることは良ーく分かりました(市場もそのようでした)。横にいたアリスター・ダーリング財務相が刺身のツマみたいに見えて可哀想でしたが、これはやはりトップの仕事だからしかたがないでしょう。そしてブラウンは(今のところは)この仕事を見事にこなしてみせました。
そして、ブラウンを上手く使ってEU-15をまとめた議長国フランスのサルコジの腕力も大したものです。今年の6月までは議長国はスロベニア、来年の1月からはチェコということで、ちょうど議長国がEUの中心のフランスで、そのまた大統領が元気と野心と色気に服を着せたようなサルコジだったというのもEUにとっては運に恵まれていたかもしれません。サルコのスピーチも見ましたが、相変わらず超エネルギーのかたまりで、ブラウンとサルコジの2人の「濃い」スピーチを連続で見た後では、少なくとも連中はマジそうだということは伝わりました。
また、独仏中軸でのサルコジのパートナーが「鉄のお嬢さん」ことメルケルだったのもEUにとっては幸運だったかもしれません。昔「私は授業中、飛び込み台の板の上に立っていて、45分たってようやく飛び込むような人間です」と言ったとか伝えられていますが、同氏の慎重さ、思慮深さ、そしていざという時の思い切りの良さが現れている言葉です。
というわけで、ここ一番で、主要国のリーダーが踏ん張ってみせたという週末/週の初めでした。
しかし、一応日本は今年G8議長国だったような気もするのですが、サミットも無事終わったしカンケーないんでしょうねぇ。きっと。

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