2010/2/5 金曜日

米国医療改革よもやま話2:医療改革法案は死んだのか?

このブログで米国医療改革のハナシがシリーズになる時間もなく、ヘルスケア改革法案はマサチューセッツ州上院議員選の民主党敗戦以降瀕死の状態にあるようです。というわけで、オワリになる前にせめて第2弾だけでも・・・

マサチューセッツの敗北で何が変わるかというと、民主党の議席数が上院での議事妨害を止めることに必要な60議席を割ることになり、野党の協力がなければ上院の強行突破が不可能になるということです。

で、法案の現状だけおさらいしておくと、ヘルスケア改革法案は、下院と上院でわずかに違うバージョンがすでに通過しており、あとはこの2つの差を何とかして埋めて1つにして両院を通過させるだけ、という状態でした。山で言えば9合目ですが、この差を埋めるのに上下両院の民主党間で内ゲバやってるあいだにマサチューセッツで負けて、上院の扉が閉じてしまったというところです。

それでも、法案を通す方法はいくつかありました(というかまだあります)。

1. 電撃戦:要するに、当選した共和党のブラウン氏の認証が済む以前に、両院民主党が交渉して差を埋めた法案を可決する。という強硬手段です。

2. 下院民主党が妥協:上院ですでに通過している法案を何の修正もなく下院で可決する(下院では民主党が圧倒的多数)。上院での再可決の必要がないので、上院版が法律になります。

3. 調整法案を両院で可決:「Reconciliation」と呼ばれるもので、両院の法案の差を埋める新たな調整法案を両院の委員会、本会議を通過させるというものです。この場合は上院では51票だけが必要であり、本会議の議事の時間も20時間に限定される(議事妨害による時間切れ戦術が不可能)代わりに、元の議案からの変更の範囲にはかなり強い制限が課され、成立しても有効期間5年間の時限法となります。

状況

1. 電撃戦はオバマ大統領が否定しました。今まで両院民主党の交渉が成功していないのに、すぐにまとまるはずがありませんし、選挙で選ばれた議員を無視して「こけた」場合の政権へのダメージも甚大です。まあ、いずれにしても、これはもうすでに間に合いませんが。

2. 下院民主党の妥協に関してはペロシ氏が否定しました。上院版は下院の「左派」にとってはのめないというワケでしょう。

3. Reconciliationに関しては、審議時間には限定があっても修正議案の数には限定がないため、共和党は民主党の結束が難しい点をついて多数の修正案を繰り出すでしょう。また、調整法案には「バード規則」が適用されるため、予算に直接影響するアイテムしか盛り込むことができません。長期的に財政赤字を増加させるような調整にはやはり60票が必要になります。この範囲で両院民主党が納得できる調整法案を作ることができるなら、もともと苦労してないというハナシもあります。

一番の問題は、法案に世論の支持がないように見えるということです。今年は中間選挙を控えて民主党議員はソワソワしてますから、世論の支持が低い法案のごり押しは不可能ではないにせよ難しいのは間違いありません。しかし、個人的には現在の法案は支持できないまでも、ここまで来てやめるのか、という気はいたします。失業やら景気をほぼ放ったらかして、1年間左と右で泥試合をした結果がこれではフツーなら指導層は全員クビではないでしょうか。

上のオプション2であれば、(下院民主党を説得できれば)今でも通過させることができますから「ヘルスケア命」のヒラリーならば、後先気にせず平気でごり押ししたかもしれません。本当にオバマが「重要課題で正しいこと」と口先と同様にアタマでも確信しているのならばこの線で押すべきであろうと思いますが、この人にはどうも「信念」というものはないようです。そこが良いのかもしれませんが。

今後

現在まで、ペロシ女史などの「主戦派」は3.のオプションで押すことを考えていたようですが、民主党議員が揺らいでいる状況では51票の確保も危ういですし、上で書いた困難な問題や雇用関連の法案の議事を考えると2月の休会までに今会期にねじこむのは難しそうです。

オバマ大統領の方は、急がずに両党で議論を延長して、合意できるところは合意して新法案のコアを作れば良いと言ったと伝えられています。相変わらず言ってることは妥当で「さすが」とか言いそうになるんですが、よーく考えると、最初からそうしておけば良いところをペロシに全部お任せして今の状況を招いたのはご本人です。

というわけで、相変わらずリーダーシップには期待できそうにはないということで、当分盛り下がりながらも議論は春になってもダラダラ続くかもしれないというのが現時点のシニカルな見方です。最終的にはおそらくかなり小規模に縮小された法案が通るのではないでしょうか(これは必ずしも米国にとってはマイナスではなく、結果的にはプラスではないかと思いますが)。

2010/1/22 金曜日

ボルカー再登場ショック

昨日はオバマ米大統領が新金融規制案てのを出して、少しばかり騒ぎとなっておりました。内容に関しては、多くのところで良いサマリーがありますので、詳しくは述べませんが(って単なる手抜きですが)、個人的には今回のタイプの規制の方向性自体は支持しています(悪魔は細部に宿るってことで詳細にもよりますが)。

金融業界では反対の人が大半でしょうが(で、それにも真っ当な理由はありますが)、金融危機で流動性リスクやらカウンターパーティ・リスクに翻弄されたさまざまな業界ではこの手の規制を当初から期待、予想していた向きは結構ありました。例えば、その代表格として資産運用業界のバー・ローゼンバーグおじーさんなどは昨年の早い時点で

今回の金融危機では、流動性資産が確固とした信用の傘の下になければならないことが明確になった。政府保証が速やかにマネーマーケットにまで拡張され、預金保険も金額と対象範囲が拡大された。

今後はリスク資産と流動性資産の間に明確な線が引かれることになるだろう。その線がどこで引かれるかは分からないが、政府はこれを真剣に検討することになるだろう。

というのも、システムの流動性を確保するには、流動性資産が低リスクであるということが必須だからだ。今回の危機において、各国政府は流動性の枯渇の衝撃には耐えることができないということを十分に認識した。

「巨大すぎて潰せない」という問題や預金者の流動性資金をリスクにさらすモラル・ハザードを回避するために、金融業界は分割縮小整理される可能性がある。これがその他の規制に加えて、政府の取ることのできる唯一の解決策になるだろう。

総合金融機関というモデルは否定される方向に向かう。各国政府は、金融機関間での牽制が機能するようにスペシャリストへの分割を図る可能性がある。

などと、言ってました。

しかし、実際にはオバマ政権はこれとは逆方向に、すなわち少数の「巨大な総合金融機関というモデル」の安定度と、それに輪をかけた巨大なシステミック規制機関により「低リスク」を担保し、あとは「消費者保護庁」で人気を維持するという方向性で進んでおりました。先週までは。

「分割派」の筆頭(というか政権内では1人だけですが)のボルカーなどは完全に経済政策運営の蚊帳の外におかれておりまして、WSJでも「虚空に説くボルカー」なんて記事が出ておりました。先週までは。

で、今週に何があったかというと、マサチューセッツ州上院議員選での民主党の敗北です。マサチューセッツ州は全米の中でも最も民主党支持の多い州の1つであり、ここで負けるのであれば、今年の中間選ではどの州で負けても不思議はないということで、オバマ政権内で一気に危機感が高まったであろうことは想像に難くありません。

そこで「分割」であれ「規制」であれ、ウォール街の金融機関叩きは人気取りにはもってこいなので、選挙結果とそれによる党内の揺らぎに泡を食ったオバマ大統領が「逆噴射」したというところではないでしょうか。年が明けるまでは民主党候補のコークリー女史が圧倒的に優勢との読みが大半でしたから、この「プランB」がそれほど深く練られたものであるとも考えられません。残念ながら、この政治的経緯からして今回の新規制案が「真面目」に進められるとはあまり考えられません。

オバマ大統領は今回の規制案が「現在議会で進められている包括的金融改革案を強化するものだ」なんてのたまってますが、実際には完全に逆行するものです。しかも現在の包括改革案を進めている経済ブレーンのヘッドであるサマーズもガイトナーも今回の案には絡んでいないところを見ると、おそらくは政治ブレーンであるアクセルロッドあたりが、今までの政策で国民の不興を買っていない唯一の大物であるボルカーを引っ張りだして打った「ネコだまし」ではないかという気もします(サマーズ御大やガイトナー坊の今後の扱いも興味深いところですが)。

これは少しシニカルすぎるかもしれませんが、しかし中東和平やキャップ・アンド・トレード、それにヘルスケアなど、これまでの大統領の「実行力」を見ると私は今回もあまり真面目に聞けません。ただし、ボルカー御大ご自身は政治的闘争には慣れた老練でタフなおじーさまなので、このお方だけが「サプライズ要因」かもしれません。

ということで下に(まだ今より若い頃の)おじーさんの写真を。いや、きまってますな。こんなお方に「そこのボン、ちょっと黙っとけ」なんて言われるとガイトナー坊でなくても泣きそうです。株価を大幅に下げるだけのことはあります(褒め言葉です。念のため。それに実物は「少なくとも今は」大っきい古木のようにどっしりとやさしそうなおじさんです)。

追記:ちょっと報道も一部で混乱してるみたいですが、おじーさんが今まで言ってるのはグラス・スティーガルとは違って、ややニュアンスのあるものですし、細部まで詰められたものでもありません。ボルカーは極めてタフですが現実的な実務家であるという点も認識しておくことは大事かと思います。

2009/11/15 日曜日

クルーグマン先生「リフレ策をなぜ米国に求めないか・・・」

本石町さんのところで、クルーグマン先生が「日本に求めたリフレ策をなぜ米国に求めないのかと言えば…」ということで、クルーグマン先生の「It’s the stupidity economy」の紹介をされていたので、これについて少し個人的に雑感的に思っていたことをちょっと。

私は個人的には、クルーグマン先生はもともとそれほどマジにはリフレ策の実施可能性を信じていなかったと思っています。それよりも学者としての思考実験として言わずにはいられなかったのではないでしょうか(他所の国のことで気楽でもありますし)。欧米、特に米国の学者の場合、南米やアジアなどの国はこの手の「極端な」提言の舞台になることが良くあります。日本などは規模も大きいし、大人しいですから格好の場かもしれません。本国での面倒な政治的論争に巻き込まれることもないですし。

例えば、日本のバブルに関しても、バーナンキ先生は1999年の論文(Bernanke and Gertler 1999)で、日銀が1988年の段階で目標金利を当時の4%から8%に上げていればバブルは未然に防ぐことができたとかお気楽に書いてますし(もちろん、これも実施可能であればそうであったかもしれません。当時の山口副総裁は「インフレが全然ない時に金利を8〜10%にどーやって上げろっちゅーんじゃ」と言ったとか言わなかったとか)、デフレ脱却に関してもロバート・マンデルなんかは最近某女史が言って総攻撃にあった「円・ドルレートの固定」を平気で提案していました。

というところでクルーグマン先生の提案もこのような思考実験的な側面が強かったのではないかと思われるのですが・・・(あの「物言い」ですから、めちゃくちゃマジに聞こえるのは仕方ないとして)

2000年の佐々木スミス三根子氏とのインタビューでロバート・ソロー先生は以下のように言っています。少し無断引用 -

ソロー:デフレが続いているのならば何らかの策が必要だ。わたしの「おとなりさん」のポール(当時ソローとクルーグマンのオフィスはおとなりさんだった)はインフレ期待を作りたがっている。しかし「インフレが起こるという信頼」を植え付けるのはそう簡単ではない。それは彼自身が良く承知している。

佐々木:そうすると、クルーグマン教授自身、日本で今後15年にわたり4%のインフレがあると信じさせるというのは不可能だとわかっていておっしゃっているのですか。

ソロー:無論わかっている。ほぼ不可能だということがわかったうえで言っておるのだ。

ソロー先生の「んなこと当たり前やろ」みたいなセリフがおもしろいです。で、最近の「財政出動派」への「転向」ですが、これは民主党系の学者おしなべて政府への援護射撃もあって主張しており、実際これしかないということもあるのではないかと思います。日本に対してあれだけ「財政支出なんかムダで効かない。減税が最高の政策」とか言っていたポーゼン先生も「財政支出が最高」派になぜか「転向」されてますから・・・(そのポーゼン先生も英国では大人しくされているようですが)

2009/11/11 水曜日

日本の債務で再びガタガタ

政権交代後、民主党政権はいろいろ「見直し」で、ガタガタしているようですが、「見直し」は日本国内だけではなく、国外からの日本に対する目も同様です。

中国などの新興経済の陰に隠れて、ここ数年日本に対する関心は大きく薄れていたので、鳩山政権の誕生とともに「忘れられていた」日本へのスポットライトが回ってきた感じです。折も悪く、世界中の先進国で公債の増大に懸念が高まっていたところなので、日本の公債残高は格好のネタになっています。

めぼしいところでは、投資誌の「バロンズ」の9/26日号でJonathan R. Laingが「Is the Sun Setting on Japan(陽は沈みつつあるのか)」で日本の公債残高が財政破綻のシナリオに近づくとしたエコノミストの見解を取り上げています。

そして、10月中旬にはグリーンライト・キャピタルのDavid Einhornが先進国、特に日本での金利の急上昇の可能性について触れ、「過去になかったからといって、将来もないとも言い切れない」などと述べたところで、一気にさざ波が立ったという感があります(「Einhorn効果なんて言われてます」)。また、それを受けてFinancial Timesなどでも日本の公債残高の問題が何度も取り上げられることになりました。

実際、公債残高がGDPの200%に近づくという水準にもかかわらず、民主党政権の財政赤字や国債に関するメッセージはメチャクチャで見るに耐えないという気がします。

しかし、この手のハナシが出るといつも思い出すのが、5年ほど前に出たDavid Weinstein教授(コロンビア大学)とChristian Broda助教授(シカゴ大、執筆当時はニューヨーク連銀)の論文の「Happy News from the Dismal Science(PDFへのリンク)」です。私もこのブログで大分昔に取り上げたのですが、少しだけ引用すると(元記事はこちら)、

彼らの論文のベースの1つは、政府機関、準政府機関の間での債権債務、例えば日銀や他の公的機関が保有する国債などは公的機関全体の正味で見れば、債務と資産で打ち消し合うので実質的な債務とはならないというものです。この影響を取り除くと、日本の正味の政府債務はGDPの46%になり、これに公的機関が民間セクターに対してもつ不良債権を足して、日本の正味の政府債務はGDPの62%となるというのが彼らの計算です。

(数字は2004年当時のものです。今はもっと高いでしょうが、基本的なロジックは変わらないはずです。ちなみに当時の公債残高はGDPの160-170%くらいだったと思います)

この論文では、「最悪の事態でも、日本の公的債務は課税水準を平均的なEU諸国並みまで上げるだけで持続可能であるとしており、最も妥当な水準としては3%から9%の課税水準の上昇が必要」となっています。こういうことを考えると、ひょっとすると大幅増税を狙うどこぞの役所はこの騒ぎにほくそ笑んでいたりして、と思ったりします(あれだけ大騒ぎしていた「埋蔵金」の発掘も全然進んでいないようですし)。

2009/11/7 土曜日

人民元を何とかせんといかんですたい?

人民元を何とかせんといかんですたい」というような言説が米国でもワリと多く見られます。

「為替は自由経済の牙城」だから「ワシは介入せん」とおっしゃったおじいさまもいらっしゃいましたが、自国通貨をドルにペッグしたらあかんのでしょうか。よう分かりません。

もともと通貨自体は、金利、マネーストックなど、ファンダメンタルに係るパラメーターを各国当局が恣意的にいじってるんで、為替市場は単純に「自由市場」と呼べるようなシロモノではないですし、そうすることが内在的に正しいとも言えません。

政府・中央銀行を合わせて各国当局は、お金の価格(すなわち金利)、マネーストック、あるいは対外的な自国通貨の価値(すなわち為替)のいずれかにターゲットを設けることができますが、このうち1つを決めれば、あとの2つは基本的には市場で決められることになります(一時的には規制などで抑えることができるかもしれませんが)。

米国のような国内消費が主導的な国では、お金の価格(金利)の安定が重視されるのは当然のことです。したがって、米国は為替を口先以外でコントロールすることはできません。

逆に、外需が重要な中国では、対外的な自国通貨の価値(すなわち為替)の安定が重視されるのもまた当然のことです。米国と中国では効用関数が違うだけで、どちらが正しく、どちらが間違ってるというもんではないように思えます。

為替は調節機能なので、中国が為替を対ドルで固定すれば、調節は中国国内の生産性と物価の上昇という形で行われることになります。違いは、為替での調整は瞬時に起こるのに対して、生産性や物価での調整には時間がかかるということです。マッキンノンなんかも、今はどうか知りませんが、為替の大変動で中国がこけても誰も得はしないので、為替の変動を限定して長期的に調整した方が良いというようなことを昔言っていたような気がします(PDF)。わたしも賛成です。

ついでに、為替を固定すると、国内では規制によるもの以外は基本的に金融政策の手は縛られるので「中国(単独で)の出口政策」というのもよう分かりません。